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東京高等裁判所 平成元年(ネ)814号 判決 1991年1月30日

控訴人

鏡茂俊

右訴訟代理人弁護士

石田省三郎

被控訴人

日本電信電話公社訴訟承継人日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

児島仁

右訴訟代理人支配人

西村守正

右指定代理人

若狭勝

小林辰夫

近藤利偉

坂本昌弘

豊田武司

横山剛史

青山大介

右当事者間の懲戒処分無効確認等請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人に関する部分を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し昭和五三年六月一六日付けでした戒告の懲戒処分が無効であることを確認する。

3  被控訴人は、控訴人に対し、金九一一四円及び内金四五五七円に対する昭和五八年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決及び3、4項につき仮執行の宣言

二  被控訴人

控訴棄却の判決

第二当事者の主張及び証拠

当審における当事者双方の主張として次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示中控訴人に関する部分並びに当審記録中の証書目録及び証人等目録(略)記載のとおりである(ただし、原判決三三頁九、一〇行目の「蛭田課長」の次にかぎ括弧を付加する。)から、これを引用する。

一  当審における控訴人の主張

1  五月一九日における蛭田課長(以下、略称は原判決のそれと同じ。)の作業内容と控訴人の必要性について

まず、当日蛭田課長が行った作業内容を見ると、蛭田課長は、自らの職務上の専門知識に基づき、神田局の職員を指揮し、絶縁試験の方法を定め、作業を監督し、必要に応じて応援要員の配置を求め、その試験結果を局長等に報告して、しかるべき措置を求めているのである。

このような蛭田課長の業務は、到底控訴人が行い得るようなものではなかつた。なぜなら、蛭田課長が、昭和二一年に日本電信電話公社に入社して以来、一貫して電力関係の仕事に従事していた、言わば電力業務のベテラン職員であるのに対し、控訴人は、当時、第二保全課電力担当に配属された直後で、ほとんど電力関係の知識がなく、作業を行うにしても、他人の指示の下で極めて単純かつ補助的な作業しかなし得なかったからである。

すなわち、蛭田課長が絶縁試験のため派遣されたのは、右のような専門知識の上に立って、作業を指揮監督し得る要員が必要であったからであり、控訴人が年休をとったからではない。控訴人は、たとい当日勤務していたとしても、右の蛭田課長が行ったような作業は到底行い得なかったものであり、結局、控訴人が当日年休をとるか否かは、右の作業にはほとんど影響がなかったものである。

2  「事業」の範囲と蛭田課長の職務内容

労働基準法三九条四項ただし書所定の「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たるか否かは、当該労働者の所属する「事業所」を基準として決すべきであるとされているから、控訴人の所属する神田局第二保全課の、しかも電力担当という狭い範囲に限定して要員不足か否かを判断するのは、相当ではない。

加えて、蛭田課長が絶縁試験のために応援を要請されたからといって、これを他の「職場」からの代替要員の派遣と判断することはできない。

すなわち、蛭田課長の所属する地区管理部五機工課というのは、千代田地区管内の各電話局(本件神田局もこれに含まれる。)の電力作業のうち、地区に集約して行う必要のある業務、地区管内の各電話局の電力部門に欠務を生じた場合の欠務補充、及び特に要員を必要とする作業が生じた場合の稼働応援をその担務としていた。そして、右のうち稼働応援というのは、「その局の要員だけでは不足する場合、その作業について応援する」という内容のものであった。

つまり、右の担務内容からして明らかなように、五機工課は、課固有の職場を持たず、各電話局からの要請に応じるなどして電力関係の業務を行うというのが本来の業務であり、その派遣された現場自体が同課の「職場」であったのである。

したがって、当時神田局において作業をしていた大塚主任にしても蛭田課長にしても、その行った業務は、同人らの「職場」における業務として評価されなくてはならない。

3  人員確保をめぐる問題

五月一九日に予定された作業は、被控訴人の主張にそって考えても、絶縁試験のみであったが、既に、作業要員として、水上主任と共通担当の大井職員のほか、蛭田課長の部下である大塚主任が確保されていたし、他にも右絶縁試験に従事し得る人員は容易に補充することのできる事情にあった。

また、橋本主任技術員も、当時、作業可能な状態にあったものであるが、仮に、同人が病気の影響で補助的な業務に従事していたにすぎないとしても、絶縁試験において控訴人に求められた作業自体、補助的な作業であったから、橋本主任技術員で十分に代替が可能であり、あえて控訴人をこれに従事させる必要はなかった。

4  以上の各事情から明らかなとおり、控訴人が五月一九日に年休を取得したとしても、絶縁試験のための要員は足りていたのみならず、蛭田課長の派遣と控訴人の年休取得とは関連性がないのであるから、控訴人の年休取得により「事業」の正常な運営を妨げる事情が存在した、などとは到底いうことができない。

二  当審における被控訴人の主張

控訴人の前記主張1ないし4は、いずれも否認し、又は争う。

理由

当裁判所も、原審と同じく、控訴人に対する本件懲戒処分は有効であり、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであると判断するものであるが、その理由は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決九三頁七行目の「消化栓」を「消火栓」と改める。

二  原判決九七頁一〇行目の「従事することはできず。」を「従事することはできず、」と改め、その次に「電力室の警報の監視、電話の取次ぎなど」を付加する。

三  原判決九八頁四行目の「甲第四二号証」を「乙第四二号証」と改める。

四  原判決九九頁三行目の「右認定を左右するには足りない。」の次に、次のとおり付加する。

「また、当審における控訴人本人尋問の結果中にも、昭和五三年当時、橋本主任技術員は電力業務について指導的役割を果たしていた旨の部分があるが、前出乙第九一号証の一ないし三のほか、発病の時期についての誤解を前提とするとはいえ、橋本主任技術員は発病後はほとんど電力関係の仕事に携わっていなかった旨の原審における控訴人本人の供述と対比しても、にわかに措信し難い。そのほか、控訴人主張のとおりの写真であることに争いのない甲第二六号証及び原審における控訴人本人尋問の結果によれば、橋本主任技術員は昭和五三年一二月九日に行われた第二保全課の社員旅行に参加していることが認められるが、この点も、橋本主任技術員が昭和五三年五月当時本来の業務に従事し得るような身体的状況にはなかったとの右認定を当然に左右するものではない。」

五  原判決一〇一頁九行目の「一名が訓練要員として一名多く」を「訓練要員として一名多く」と改める。

六  原判決一〇二頁七行目の「応援にまわすことができることにはならない。」の次に、次のとおり付加する。

「一方、当審において、控訴人本人は、右のマージャン大会は五月二〇日ではなく前日の一九日(金曜日)に開かれたと供述し、甲第五四号証にもこれにそう記載部分があるが、たといこれが事実としても、控訴人本人も供述するようにマージャン大会は勤務時間後に予定されていたものであるから、五月一九日当日の第二保全課の業務にゆとりがあったということはできない。」

七  原判決一〇七頁五行目冒頭から同六行目の「当事者間に争いがないが、」までを「また、原本の存在及びその成立に争いがない甲第一九号証並びに原審における証人赤塚好夫の証言及び控訴人本人尋問の結果によれば、水上主任及び控訴人が五月一八日に予備エンジンの試運転を行っている事実が認められるが、」と改める。

八  原判決一〇九頁末行の「赤塚課長が」を「赤塚課長がした」と改める。

九  原判決一一〇頁一〇行目の「同五九条一号、」の次に「二号、」を付加する。

一〇  当審における控訴人の主張1に対する判断として、次のとおり付加・補充する。

「原審及び当審における証人蛭田芳男の証言及び控訴人本人尋問の結果によれば、蛭田課長は、昭和二一年四月に公社に入って以来、主に電力関係の業務に携わってきた電力業務のベテランであり、五月一九日当日は、赤塚課長から一任され、作業手順や要員の配置を決め、職員を指揮監督して、冠水整備作業としての絶縁試験を実施したこと、一方、控訴人は、昭和四九年一〇月に公社に入ったものであり、昭和五三年五月一九日当時は、いまだ電力関係の業務の経験に乏しかったことが認められる。

右の事実によれば、なるほど、五月一九日に蛭田課長が果たしたような役割は控訴人では遂行し得なかったものと推察されるが、絶縁試験を指揮監督するため当初から蛭田課長を派遣することが予定されていたものでないことは、さきに認定したとおりであり、仮に、控訴人が年休を取得しなかったとすれば、蛭田課長の応援を仰がなくとも、別の者が指導的役割を果たして絶縁試験が実施され(ちなみに、前記蛭田証人の証言によれば、五機工課から応援に派遣されていた大塚主任も、右作業を指揮監督し得る経験・能力を有していたものと認められる。)、蛭田課長が関与した場合よりは手間暇が掛かったではあろうが、予定どおり五月一九日に絶縁試験を終えていたものと判断されるのであって、たまたま代替要員として派遣された者の経験・能力が控訴人のそれを上回っていたからといって、控訴人が当日年休をとるか否かは右の作業に影響がなかった、などということはできない。」

一一  当審における控訴人の主張2に対する判断として、次のとおり付加・補充する。

「前記蛭田証人の証言によれば、蛭田課長の所属する地区管理部五機工課の担当職務は、千代田地区管内の各電話局の電力作業のうち地区管理部に集約して行う必要のある集約業務、同地区管内の各電話局の電力部門に欠務を生じた場合の欠務補充、特に要員を必要とする作業が生じた場合の稼働応援及び直営工事であること、右の稼働応援は、通常は、事前に定められた計画に従って現場への派遣が行われるものであり、所属職員の管理監督の任に当たるべき課長自身が出向くことは稀であること、五月一九日については、応援の要請があった時点では、既に五機工課としての稼働計画が定められ、各現場への要員配置が決定されており、蛭田課長自身は、午前は事故防止運動に伴う安全作業のミーティング資料の作成、午後は管内各電話局の電力担当係長会議への出席がそれぞれ予定されていたことが認められる。

右の事実によれば、五機工課は、要員を必要とする作業が生じた場合の稼働応援をその担当職務の一つとするものであるが、控訴人が年休を取得したために蛭田課長が第二保全課に派遣されたのは、緊急の応援の要請に応えるべくなされた計画外の異例の措置であって、五機工課の業務にも支障を生じさせるものであり、これを事前に定められた計画に従って稼働応援がなされた場合と同じように扱うことはできないと考えられる。

したがって、五月一九日における控訴人の欠勤は、第二保全課のみならず五機工課の業務にも支障を生じさせたものであり、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるというべきである。」

よって、原判決中控訴人に関する部分は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林克已 裁判官 河邉義典 裁判長裁判官吉井直昭は、退官につき署名捺印することができない。裁判官 小林克已)

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